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代筆僕

たま〜に書きます。多分

狂おしいほど

どうも。校長のブログの更新から始まったラッシュにうるっと来すぎてツイートする事が無くなり、北島康介状態を迎えてました。僕です。

 

 

校長のブログ。

まだ前に進みますというはっきりした意思が感じとれたので安心しました。

 

というか安心も何も、もしも解散とか言いだしたら僕は受け止めるかなんか1ミリもありませんでした。

終わらせることなんか誰でもいつでもできるからです。

逆に再開させることはその時のその人しかできないと思います。

 

だから、終わりじゃなくて本当に良かった。

 

 

ここ数日、僕のツイッターのタイムラインは沈んでました。

 

何が楽しくてってレベルで。

萎えてる人が多かったですね・・・。

ただ今は、だんだん前へ前へという意思が出てる人がいていい空気だと思います。

 

 

僕はまだまだ人の死生観とか語れるほど生きてませんが、なんとなく。

いつも通りなんとなくで今思ってる事を書きたいと思ってます。

 

 

 

「人はいつか死ぬぞ」なんてどこかで聞いた言葉がありますが、が。

 

”が”も何もその通りですね。

確かに人はいずれか死んじゃいます。

おら〜は死んじまっただ〜♪ とか歌う暇もなく、絶対いつか死にます。

 

それでもやっぱり、僕は死に方よりも生き方を工夫していきたいと思います。

 

 

そりゃあもう、ワクワクさんもワクワクしなくなるレベルで工夫したいと思います。

 

Perfumeあ〜ちゃんがたまに言う、「お葬式にすごい人がたくさん来るような人になりたい」っていうの、この言葉は直接的に言ってないし、”すごい人”ってめちゃくちゃわかりづらい表現だけど、それも自分の生き方を暗示する一つの表現なんだろうなと思います。

 

アントニオ猪木は「行けばわかるさ〜」(長いので割愛)みたいな名言を言ってて、確かに人生ってものは行かないとわからない事だらけだと思います。

 

「〜かもしれない」

「〜だろう」

 

そんないい加減な生き方でもいいと思います。

 

 

できる事なら、記録に残る人生を送りたいけど、そんなの生まれながらに政治家の子どもみたいな人じゃないと難しいぜ資本主義。

 

記録と歴史に残るっていう点では、資本主義の日本では有利不利があって、努力じゃ埋められない難しい事ですが、誰かの記憶に残るような人生を送るのはどこの誰でもできるのではないでしょうか?

絶対。みなさんの頭の中に、異様に記憶に残ってる人はいると思います。

昔仲よかった友達とか、なんかよくわからない変な奴とか、ずっと背中を見てるだけだったけど妙に覚えてる人とか。

いると思います。

 

 

僕らはそういう人になれます。絶対。なれます。

 

むしろ記録や歴史なんか、残ればラッキーです。

というより記録や歴史なんか誰でも書き換えれちゃうのでむしろ蹴りましょう。

 

蹴って蹴って、蹴りまくって。

誰かの頭にこびりつく生き方ができればいいでしょう。

 

 

何をするにしても、初めの一歩が難しい。

それを踏み出すまで、何時間かかるかはわからない。

いつでもみんなが同じところからスタートするとは限らない。

 

ただ、最初の一歩。

最初の一歩さえ踏み出せれば、後は歩くだけでしょう。

 

 

そりゃあ一歩に重みの違いはあるし、苦しい一歩もどこかで来るでしょうが、そこで折れたらもうそこから先の人生には「生き方」じゃなくて「死に方」を選ぶ術しか残されなくなると思います。

 

生き方を選べる人生を歩みたいなら、絶対にその足を止めちゃダメです。

生き方を選べるのも、死に方を選べるのも、人間の特権であって、最低の権利でしょう。

 

でも最低にも意味はあるはずだから、オタク得意のムダな深読みをかましながら歩けば最低の権利をも武器にできるでしょう。

 

 

いつまで経っても、同じところで俯いても、時間は平等に来て俯いたまま死んじまう。

そんなんなら、無理矢理でも前を向いて、クソがクソがって八つ当たりしながら歩く方がマシだと思います。

 

それも生き方です。

嫌われるも、好かれるも、生き方です。

 

永遠なんてないと言ってしまえば、ちょっと辛いし、永遠がないからこその焦りを覚えるかもしれないけどそれでいい。

焦りながら死んでいった人はこの世に腐るほどいるはずです。

 

その人の生き方が、誰かの生き方に影響を及ぼすならばそれでいい。

なぜならそれが”誰かの記憶に残る生き方”を完璧に達成できていた証拠になるから。

 

今、松野莉奈さんを通して僕らが捉え、吸収すべき事は、松野莉奈さんの生き方からどんな影響を受けるかだと思います。

 

僕らオタクが、今日の惰性を捨てて努力を開始したら、前向きに生きていけるようになったら、松野莉奈さんの生き方は”誰かの記憶に残る生き方”であったという事がわかる。

 

それが最も、誰かのため、自分のためになるのではないかと信じていきたいです。

 

 

何を掴めばいいかと悩む前に、故人から何を学ぼうかと悩んでみてみるのも、いいのではないでしょうか。

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